2012年5月1日火曜日

三環系抗うつ薬の発見と気分安定薬のリチウム


三環系抗うつ薬の発見と気分安定薬のリチウム

うつ病の抑うつ感や気分の落ち込みを改善する『抗うつ薬』には、『三環系抗うつ薬・四環系抗うつ薬・SSRI・SNRI』など色々な種類がありますが、最も早い時期に開発された抗うつ薬はMAO阻害薬と三環系抗うつ薬でした。1951年にアメリカのニュージャージー州にあるホフマン・ラ・ロシュ社が、結核の治療薬(抗結核薬)としてヒドラジン化合物のイソニアジドとイプロニアジドを開発しました。ヒドラジンは元々、第二次世界大戦でドイツのV-2ロケットの燃料に用いられた物質で『爆発性・毒性』を有していますが、化学変化を起こさせることで各種の医薬品を合成することができます。


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イソニアジドとイプロニアジドは、MAO阻害薬(モノアミン酸化酵素阻害薬)に分類されますが、イソニアジドのほうは抗結核薬として用いられています。1952年にイソニアジドやイプロニアジドを投与された結核患者の中に、『気分の高揚感・爽快感・多幸感』を訴える人がでて、その後のイプロニアジドの臨床試験でうつ病の改善効果が認められるようになります。1956年にはアメリカの精神科医ネイサン・S・クラインJ.C.ソウンダースH.P.ルーマーが、ニューヨークのロックランド州立病院でイプロニアジド(商品名:マーシリッド)の臨床試験を行い、精神賦活剤としてうつ病治療に有効性があることを確認しました。

モノアミン酸化酵素(MAO)を阻害して、シナプス間隙におけるモノアミンを増やすとされるMAO阻害薬には、チラミンが蓄積することによる『激しい頭痛・血圧上昇・肝疾患・出血傾向』などの副作用があります。現在では副作用の強さや処方用量のコントロールの難しさから、うつ病治療にMAO阻害薬が使われることは相当に少なくなっています。そういった副作用を回避するために、MAO阻害薬を服用している患者は、『赤ワイン・チーズ・漬け物・発酵食品』といったチラミンを多く含む食品の摂取を控えるようにしなければなりません。


レコードセンターのものです

MAO阻害薬が開発されていた同時期の1950年代に、『古典的な持続睡眠療法』のための薬剤開発をしていたスイスの精神科医ローラント・クーンは、鎮静・催眠作用ではなくて高揚・気分改善作用を持つ三環系抗うつ薬(TAD)の『イミプラミン』を開発しました。イミプラミンは抗精神病薬で使われていたフェノチアジンと類似した化学構造を持っていますが、3つの環状構造を持つことから『三環系抗うつ薬』と呼ばれます。ローラント・クーンは1957年に、チューリッヒで開かれた国際精神医学会議に出席して、イミプラミンのうつ病症状の改善効果と前向きな認知・行動の誘発効果について語りました・

イミプラミンは『うつ病の抑うつ感・気分の落ち込み』に対して選択的に作用するものの、薬理作用が発生するまでには1〜3週間程度の時間が必要になるとされ、躁病(manic)や統合失調症、激怒発作を伴ううつ病には効果が認められませんでした。1957年に初めてのMAO阻害薬としての抗うつ薬であるイプロニアジドが販売されましたが、1958年にはガイギー社がイミプラミンを商品名トフラニールとして販売し始めました。現在では三環系抗うつ薬は古典的な薬とされますが、薬理機序の特徴としてはSSRIのような『セロトニン選択性』が認められず、『セロトニン・ドーパミン・ノルアドレナリン』といった複数の神経伝達物質の再取り込みを阻害して気分を高揚させると合理的に推定されています。


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気分が異常なハイテンションになって多弁・軽率・大胆になり、冷静で的確な認識能力(判断能力)を喪失してしまう精神疾患が『躁病・躁状態』ですが、躁状態とうつ状態を交互に繰り返す精神疾患を『双極性障害(躁鬱病)』といいます。気分が過度に興奮して日常生活に支障がでてくる躁病を改善する抗そう薬として、最も多く利用されているのが『炭酸リチウム(商品名:リーマス)』ですが、リチウムは元々さまざまな病気・症状に対して医学的に利用され続けていました。リチウムはハイテンションを抑制する『抗躁薬』ですが、うつ状態の気分を持ち上げる効果もあるので『気分安定薬』と呼ばれます。

リチウムは1871年にスウェーデンの化学者ヨハン・アウグスト・アルヴェッドソンに発見された金属元素であり、19世紀初頭から神経活動を鎮静するということで『てんかん・リウマチ・痛風・腎臓結石・神経痛・膀胱結石・湿疹』などの治療に使われていました。リチウム含量が多い水が、リウマチや神経痛、てんかん、痛風などに効くという触れ込みで、いわゆる『水ビジネス』がアメリカで流行したこともありました。リチウムが躁状態の気分の高ぶりを抑制してくれるという考え方は、臨床試験が実施される以前からあり、ニューヨークのベルビュー病院の神経科医ウィリアム・A・ハモンドは臭化リチウムを躁病の治療に用いていたのです。


リチウムの名前は1940年代のアメリカで『リチウム塩の健康被害』を起こしたことで世界的に知られることになりますが、これは高血圧症の減塩治療のために『塩化ナトリウム(一般の食卓塩)』『リチウム塩』に置き換えることで発生した健康被害でした。リチウム塩を日常的に摂取し続けると『心機能低下・手足の振るえ・運動障害の歩行困難』の副作用が起こり、心臓に持病があるような人では死亡リスクも高くなってくることが分かったのでした。

リチウムに躁病を改善する効果があることは、オーストラリアの医師ジョン・ケイドのモルモットを用いた行き当たりばったりの動物実験によって確認されることになりますが、ジョン・ケイドは自分自身で『炭酸リチウム』を服用してから躁鬱病患者へのリチウム療法に取り組んだのでした。双極性障害の気分の急激な変動と興奮を抑制するために、気分安定薬の炭酸リチウムが用いられるようになっていますが、炭酸リチウム以外にも気分を安定させるためにカルバマゼピンやバルプロ酸といった抗けいれん薬が投与されることもあります。現在では、炭酸リチウムは躁状態と抑うつ状態に対する改善効果が高い薬剤として認知されていますが、リチウムがどのような生理学的メカニズムによって、双極性障害 の症状を和らげるのかについては不明な部分が多く残されています。



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